いーぬ。の人生回顧録 小学6年生編

間違えた教育がいじめを生む~小学6年生編~

 

やっと、教員として不適格な人物から解放され、私は小学校生活の集大成を迎えようとしていた。

身体症状は残り続け、動悸が日常的に頭に響くようになっていましたが気力でかき消しました。

どうしてもこのクラスメイトと卒業したかったからです。

地獄のような日々を一緒に戦いきった仲間と。

 

一緒に試練を乗り切ったクラスメイトの絆は強固なものになっていました。

 

頑張ったご褒美と言うかの如くこの年、待ちに待った「天使のような先生」が現れる。

私は6年間、ずっとこの先生を待っていました

 

最高の状態です。

良い仲間に良い先生・・・素晴らしい門出になるはず・・・でした。

 

小学6年生、

私が普通に学校に行けた最後の年となります。

 

今回は、間違った教育のせいで大切な人と思い出を失い、うつ病の原因にもなった12歳の私をご紹介。

 

 

 

理想の先生登場

 

小学校卒業の年。

待ちに待った私の理想の先生が現れる。

 

穏やかな表情で微笑む方で

とても上品な振る舞いをされ

教科書よりも美しい字を書かれ

正に天使のような先生でした。

 

ずっとずっと、こんな先生が居たら学校が楽しくなるのに・・・・と願っていた、正にその通りの方でした。

 

私はこんな教師と出会うのは初めての事で、

本当に後光が差しているんじゃないか

と思うくらい感動する人物でした。

 

逆光で眩しいくらいでした。(笑)

 

 

 

所作も美しく、

「理想で尊敬すべき大人」

卒業という年に来て下さった。

 

私はこの年に

また例の如く強制推薦で学級委員になったが、

この先生と、このクラスの為ならば苦に思わなかった。

 

むしろ、最初で最後の学校が楽しいと思えた年でした。

 

そんな先生だから、皆も本来の個々の性格を取り戻し、

心地の良い空気で過ごす日々。

 

 

幸せでした

 

 

 

「強制推薦制度はこちらから」↓

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暴走しだした生徒の矛先と矛盾

 

そんな優しい先生だったから去年のストレスが大爆発しました。

 

先生いじめです。

 

”先生への不満は先生に返す”

多分分かりやすく表現をしたらそのような雰囲気でしたね。

 

最初はちょっとしたおふざけでした。笑って済まされるレベルの。

これからどんどん、他人には止められない程の暴走状態になっていきました。

 

男の子の不満爆発

 

優しかった男の子達の様子がおかしい・・・。

いやクラスメイトにはいつも通り優しい。

 

それは明らかにS先生(小5の担任)の残り香。

やんちゃ盛りの男の子の一年分のストレスが

 

爆発した。

 

よりによってこのK先生に向かって。

 

何をしたか、

ふんわり優しくお伝えすると以下の通り。

 

  • 先生が教室に入ってきても あえて席に着かず、あえて喋り続ける。(授業ボイコット)
  • 物を先生に”ポイッ”とする。(キツ目な勢い)
  • 授業中に教室から出て行ってあえて先生を困らす。怒らせる。
  • 授業中ヤジを飛ばす。
  • 過激な言葉遣い。

 

 

 

何でもS先生と比べてしまっていたんだと思います。

 

 

いーぬ。
というより、あの先生が特殊なだけで、大人になった今でもS先生より不愉快、恐い人など会った事ないです。

 

実際、先生が怒ってる様子を見ていても男の子は痛くも痒くも無く、見ている側も誰かが必死に止めようとはしなかった。

酷い行いも平気で見ていられる子供になってしまっていました。

 

”あの人に比べたら何でもないこと”

 

皆の心は壊れたままでした。

 

 

そんな何を言っても"響かない"異常な子供達に、

先生は明らかに疲弊しだし、混乱していった。

 

 

「生徒が暴走した原因はコチラ」↓

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「こんなクラス見たことない」泣いて教室を出て行く先生

 

 

「こんなクラス見たことない!!」

 

そう言ってK先生は涙を流した。

 

 

 

泣いて教室を出てく先生を見たことがありますか?

 

 

今でもハッキリ覚えている。

授業をまともにさせてくれない日々に困惑を通り過ぎ、

悲しみに変わった先生が放った言葉と

 

一瞬訪れた静寂。

 

全員が流石にやり過ぎた、何もしなさ過ぎたと気づいた瞬間でした。

 

私は傍観していただけの情けない人間。

先生が泣くほど追い詰められてからじゃなきゃ動けなかった。

 

幸せな日常を与えて下さる大切な人だったの

 

 

経緯を知ってるだけに迷った

 

私は一刻も早く、先生を助けたかった。

 

でもどうしたらいい?

大好きな仲間が大好きな人を傷つけた。

 

 

 

間違っている行為だというのは皆も重々承知の上でやっている。

皆は賢い。

皆の不満も分かる。

 

でもK先生は関係ないよ?

 

私に出来た事と言えば、せいぜい近くの子に注意する事くらい。せめて自分の班の子にだけでも。

無意味だと分かっていたけど声に出した。

12歳にもなって善悪の判断ができない子は私のクラスにはいない。

判っててやっているのだ。

 

そんな人に声など届くはずはない。

注意しても無駄。

 

 

 

私はアプローチを変えて、注意では無く励ます方向に変えた。

授業外で先生を励まし続けた

 

先生が嫌いだから皆がいじわるする訳ではないのだと

元々は優しくていい子達なのだと

去年の事で優しい先生に当たっているのだと。

 

 

 

 

説明不足だったのか・・・

 

 

 

先生は「ありがとう」

と言っては授業で泣き続けた。

 

 

 

去年とは真逆の意味

私の心が痛み続けた・・・

 

 

 

 

大人としての正論が招いた悲劇

 

いつも通り騒がしすぎるクラスと

泣いて出て行っては教頭先生を連れて来る先生。

 

もうK先生は誰かに頼らなければ立って居られなかったと思います。

先生は本当にお優しい方。

誰かを恨んだり憎んだりしてこなかった方だろう。

元々そんなにメンタルが強い訳じゃないのは容易に想像できた。

 

教頭だろうが校長だろうが

当時の私達のクラスを誰も止める事はできなかった。

 

 

それほど皆のストレスが溜まっていた

それほど恐れるものが無い。

 

 

よろしくない意味で免疫が出来てしまった。

 

 

教頭先生も頭を悩ませている状態だった。

とある日、細かな事情を知らない教頭先生は

K先生に最も言ってはいけない言葉を口にした。

何度も何度も職務があるのに助けを求めてくるK先生に嫌気がさしてもいたのだろう。

 

 

 

「K先生も、泣いてばかりじゃだめでしょ。教師なんだから」

 

 

 

 

 

 

誰も悪くない。

教頭先生の立場からしたら最もな意見。

 

 

 

ただ今の先生には重たすぎる一言だったのは、見れば分かった。

 

 

 

”傷ついた”

 

 

 

痛いくらい知ってるその感覚。

一年前の私達と一緒。

 

先生の瞳から光が消え始めたのが垣間見えた。

 

一年前の私達と一緒。

 

ああ・・・だめだこのままじゃ・・・先生の心が・・・

 

 

ベテランの先生でした。

子供達の前で大人に怒られるような先生じゃなかった。

優しくて何事にも真摯に向き合ってこられたのだろう。

教頭先生の言葉を、

 

自責の念して捉えてしまったのだと思います。

 

 

夏休みもまだまだの季節、暗い瞳で頑張り続ける先生に異変が起きた。

 

 

 

 

 

先生はうつ病になり、教職を突然辞められました。

 

 

 

 

 

K先生は国語を得意とする先生です。

先生が国語の授業で読んで下さった一説。

「人間が、これ以上おごり高ぶるなら大きなしっぺ返しをくうだろう」

これが強烈に今でも頭の中に残っています。

 

まるで私に言っているかのようで。

”幸せな一年を過ごしたい”のならクラスの雰囲気に呑まれてはダメ。正しい行動をしなければ、幸せ”は壊れると・・・

 

 

バベルの塔の話だったのですね。

 

 

”最も会いたいと願った人”

を守れなかった罰なのでしょうか?

もう二度と、そのような教師に出会う事は無かった。

 

 

 

 

あの時から私の心の中で生き続ける”君”

度々聞く事がある。

 

 

 

”伝え方が間違っていたのかな?”

”何かもっと別の方法は無かったのかな?”

”どうして私と出会ってしまったのかな?”

 

”私のクラスに出会わなければ先生は元気なままだった?”

 

 

 

 

 

 

何も答えてくれなかった。

 

それが”そうだ”と言われているようだった。

 

先生が辞められた時、

不甲斐無さを恥じて自分を責めた。

 

何ならつい2年位前までそう思っていた。

 

 

泣くのが止まないのなら 止まるまで側に居る。

不安に思っている事があるなら 無くなるまで聞く。

眠れないのなら 眠れるまで隣にいる。

手が震えるのなら いつだって手を繫ぐ。

 

今なら何だって思いつくのに・・・

 

 

 

 

 

 

 

心に痛みが増え、心が泣き、

私の瞳からも光が消えかかっている事に気づかなかった。

 

 

いや・・・気づかないふりをしていたのかもしれない。

 

そうしなければ、

この複雑な思いをどうしたらいいか分からなかった。

 

こうしてご褒美は一瞬にして粉々に散った。大切な人を巻き添えにして。

それは散っていく桜のようでした。

 

 

 

 

 

「心の中で生き続ける君」はこちら↓

 

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更に悪化し暴走する生徒

 

 

後任の先生は、廊下で何度もすれ違った事のある

有名な超ベテラン教師。

 

 

この先生でさえ、私達のクラスを沈静化させる事はできなかった。

 

 

私は気が抜けてしまったのか、

 

K先生が居なくなってしまった事

あまりクラスの事に干渉しなくなっていました。

 

”どうにかしなきゃ”

なんて、そんなやる気が無くなってしまっていました。

 

性格的にこれではいけないと思うと、

疲れてしまった

 

 

見えてる世界が遠くの出来事のように思えて

自分の存在価値もよく分からなくなった。

心の整理が出来なくなった私は

 

”もうどうでもいい・・・”

と諦めた。

もう分からなかった。何をしたらいいのか。

 

どんどん増えていく問題に対して

後任の先生の負担は増え続けた。

 

 

 

強化ガラスの破壊事件

 

私は当時、現場におらず

昼休み中に起きた出来事だったと記憶してます。

 

授業が始まる鐘がなっても何やら廊下が騒がしい。ざわざわしてる・・・。

 

 

 

ラス割ったらしいよ~

と聞こえてきて、何事かと思った。

 

 

 

どうやら喧嘩では無く

ふざけて追いかけ合っていたら割れたらしい。

 

 

 

網状の防火設備用のガラスです。

ワイヤー入りで特別な加工がしてあるガラスが

ふざけて割れる物?

 

小6にもなって恥ずかしい人達だなぁ~と眺めていました。

もう他人事です。

 

 

消火器破壊事件

 

”何か凄い音したなぁ~・・・ん?・・・煙?火事!?”

 

教室でゆっくりしていた私の目の前が曇り

 

「窓開けて換気して!」

 

と聞こえ、急いで開けた。

 

しばらくして、何やらざわざわしている廊下を覗きに行くと、

 

薄ピンク色にまみれた粉が 廊下にびっしり。

粉が細かい為、未だに舞い続け

その被害は学年全体に広がっていた。

 

換気のおかげで見えてきたのは

被害を受け、乱雑に転がった消火器

皆の体操着やら棚の本達

 

 

ふざけて遊んでいたらそうなったらしい。

 

 

 

 

 

 

・・・私のクラスイトは壊れている・・・

 

 

 

 

寂しかったです。私の知っている皆じゃなくなってしまったようで。

 

しかし、今回の件は

全クラスに迷惑がかかってしまい、

さすがにやり過ぎたと思ったのか

これを機に、男の子達は少し落ち着いた

 

 

 

相変わらず先生に対する口のききかたが

小学生とは思えない程酷かったが、

 

後任の先生の器量の大きさに救われた。

 

本当にありがとうございました。

 

 

しかしこの件は、学級委員として

各クラスに謝りに行く事になるのだが、

私はこの時も大人の不信感目の当たりにした。

 

 

 

助けてくれなかったくせに!!

 

 

私はクラスから一番遠く離れた1組の先生に謝罪しに行く事になりました。

 

6年1組は、去年の3組の様子をよく知る人物。

そう、5,6と、2年連続同じ先生でした。

 

 

”2年連続、同じ担任の先生”って聞いた事も見た事も無かったので

何か不思議に思っていましたが、

とりあえず良く顔を知っている先生なので

早速、消火器事件のお詫びをしました。

 

 

頭を下げた時に頂いた言葉、今でも忘れていません。

 

 

 

 

 

 

「どうしちゃったの3組は!?」

あんなにお利口だったのに!!

 

 

 

 

 

 

 

ああ・・・そうか・・・

この先生もか・・・。

 

 

明らかに異常な光景を知っていての発言。

 

気づいていて助けてくれなかったのですね。

 

 

 

せめて、K先生を助けれたのではありませんか?

事情をよく知るあなたなら。

 

同僚であり、仕事の大先輩がうつ病になるまで

あなたは何かされたのですか?

 

この方の発言から何もしなかったように思える。

 

冷めきった大人の付き合い方に、今の自分のクラスを重ね

”友達って何なだろうなぁ”

と、自分の交友関係の基準を見直した。

 

持つべき友人は果たして本当に大事な人か?

 

私の中で、”親友””友達”(クラスメイト)

が明確に別れはじめたキッカケでした。

 

 

大人になっても変わらない

心の底から尊敬し、感謝している人とだけでいい。

大人になって出会った人も、そういう人とだけ仲良くしたい。

 

大事な人を守る為にも。

 

 

ありがとう名を覚えてもいない先生。

冷たい人から学ぶ事も重要なのですね。

 

 

 

S先生再登場で壊された卒業式

 

5年生の時に大きく変わった学生生活と、

最後の年にして天国と地獄を味わった小学校生活は幕をとじた。

 

卒業式なのに誰も泣かない私達のクラス

特別の日だというのに、まるでまた明日も登校するんだし・・・かのように軽い感じで皆去っていった。

 

心に受けたダメージがそれぞれあったのだろうが、凄く寂しい。

 

何だか煮え切らない つかの間の冬休み中、

一本の電話から私の6年間が黒く塗りつぶされた。

 

 

 

期待を裏切らないS先生

 

後任の先生からでした。

卒業式以来。

 

ちょっとお願いがあるのだという。

 

 

「いーぬ。さん久しぶりね~。」
後任の先生

 

いーぬ。
「はい!お元気でしたか?」

 

 

久しぶりに聞く先生の声が穏やかで安心した。

でも何の用だろう?

 

「いーぬ。さん、”離任式”は出席予定?」
後任の先生

 

私の小学校は、卒業はしても先生の移動、退職の式典がある為

もう一度だけ小学校に行かなくてはならない。

 

これが本当に友達、学校との最後になる。

 

 

いーぬ。
「はい。その予定ですが?」

 

 

「あら嬉しいわ~。小5の時の担任の先生覚えてる?S先生」
後任の先生

 

 

覚えていますとも。

10年以上たった今でも。

 

「先生の子供ね、無事に生まれたのよ!」
後任の先生

 

 

ああ・・・それは良かった。

最後の方はそれだけの為に皆頑張っていたから。

 

 

「産休になっていたのだけれど、どうやらこのまま辞職されるみたい。」
後任の先生

 

 

はい。賛成です。

 

 

「それで、急で申し訳ないのだけど 明後日の離任式で、S先生に感謝の気持ちを込めて作文を書いて、読んでもらいたいの。」
後任の先生

 

 

 

 

 

 

い?謝?

 

 

 

この時は感謝のかの字も思い当たらなかった。

 

もう少し、この先生を許すには時間が必要でした。

それはもうちょっと先の話・・・。

 

 

 

そもそも・・・

 

いーぬ。
「それ、何故私なのですか?」

 

 

凄く疑問でした。

 

 

「それが昨日ね、「いーぬ。さんにお願いしたい」とS先生から電話が来たのよ~」
後任の先生

 

 

 

 

 

 

 

はぁ~・・・(溜息

わざとだな。嫌がると知っていての。

ご指名どうもありがとうございます・・・。

 

 

しかし、感謝してないのにどうやって書けと?

 

 

手紙(作文)は気持ちが宿るもの。

だからこそ真剣な思いが相手に伝わる。

 

 

”到底私には書けそうにもないな

なんて思いは、先生の次の一言であっけなく覆る。

 

 

”いーぬ。さんがだめなら、Kさん(未だに親友)に頼もうと思っているって伝えて”と言われたのよ」
後任の先生

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・またですか・・・もう・・・さすがです。

 

私の弱点をよく分かってらっしゃる。

そしてわざわざご報告するように仕向けて下さってありがとうございます。

 

 

いいでしょう。

書きますよ。

 

 

”いーぬ。さん、作文得意でしょ?”

 

 

 

そうでしたね。あの時も。

「私は作文が得意な子」

でしたもんね。

 

 

その名の通り、5分程度で3枚ほどの作文を書いた。

筆圧の濃い、何の感謝も込められてない文字を。

 

 

 

「作文事件はこちら」↓

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文字は心を映す

 

S先生との思い出ならたくさんありますから

どうやったら

 

”感謝している風に聞こえるか?”

 

を焦点にして書きましたね。

一応全校生徒の前でスピーチするので。

 

 

怒りで筆が進む進む。

 

 

そして字は心を映すと言いますが、

全く持ってその通りで”雑”そのものでしたね。

K先生と壊れたクラスメイト達と・・・色んな悲しみをぶつけました。

 

私なりの反攻でしょうね。

 

空しくてかえって後悔しましたが・・・。

 

 

 

 

とりあえず当日、全校生徒の前で

感謝を述べているようで皮肉たっぷりの文章が書かれているだけの紙切れのような物を読んだ。

 

 

読み終わって始めて一年ぶりの先生をしっかりと見た。

 

 

あなたは泣いていらっしゃいましたね。

 

 

どこをどう解釈したのか分かりませんが、

こんな物のどこに感動したのか分からなかった。

 

 

 

 

猫を被ってる人なので、演出か?と思いました。

ちょっとやり過ぎただろうか?

 

なんて思わなければよかった。

 

 

 

 

 

 

「あっいーぬ。さん。さっきはありがとう。・・・嫌々引き受けたわけではないわよね?」
S先生

 

 

離任式が終わり、卒業最後の余韻を友達と楽しんでいた時にかけられた言葉。

 

さっきの涙はとっくに蒸発したようで、代わりに怒りの感情が出ていた。

 

 

 

雑な字を見てさすがに気づいたのだろう。

いや 気づいてもらわないと困る。

 

あなたの子供や教師として復帰された際、

もう二度と私のような人を作って欲しくなかった。

という思いを込めたのだから。

 

 

 

小5後期の いーぬ。
「そんなことないですよ~😊(そして一言余計なんですよ。いちいち)」

 

 

 

そう言って、二人の間に一瞬バチバチッとしたものが走ったが

いつか気づいてくれると信じている。

 

 

 

 

 

まとめ

 

小学校6年間が

S先生で始まりS先生で終わった。

 

それほど他の思い出が霞む6年間でした。

 

でも大切なものを沢山学びました。

 

ハッキリ言ってしまえば

義務でなければとっくに行くのを辞めていたでしょう。

私の性格と教育方針が合っていなかった。

 

でも合わないから得られたもの

も存在します。

 

大事にすべきものが何なのか。

これは合わない環境でしか手に入れにくいもの。

 

 

 

翌年、”合わなかった”せいで

自律神経が暴走しだしますが、後悔してないです。

 

 

心の奥底でいつも支えてくれるN君。

間違いなく初めて大人として、教師として尊敬したK先生。

地獄を一緒に乗り切り、今では皆”ママ”の親友達。

 

 

全員私の誇りであり、尊敬している人達。

この人たちが居るから私は奮い立つ事ができる。

 

これから先、生きて行くのに大事な心の支えを学びました。

 

学校に行けてよかった。

あなた達と出会えてよかった。

一緒に乗り越える事ができてよかった。

 

病気になっても前向きに生きていられるのは、間違いなく大事な人達のおかげ。

 

私に会いに来てくれてありがとう。

 

 

人生の転換期に拾う花~二度目~

 

この年、K先生の足元に残されていたのは カラーの花。

 

花言葉は「華麗なる美」「女性のしとやかさ」

 

凛として生きていたいと思えるのは、先生に出会えたからです。

人の心を温かくできるような美しくて優しい人、それが先生でした。

今でも私の理想で目標の女性です。

 

 

いーぬ。の回想

 

 

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