いーぬ。の人生回顧録 小学5年生編

【パニック障害の原因】軍隊化させた最悪な教師と戦い、重症を負った11歳~小学5年生編~前期

 

私の人生の中で

最も忙しかった11歳という年。

 

後に起立性調節障害を起こし

不安障害になり

自律神経失調症になり

パニック障害になり

うつ病になり

慢性疲労症候群になったのは

この年に、

 

私のすべての力を出し切ってしまったから。

 

この時病院に行っていたら確実に不安障害、パニック障害と診断された事でしょう。

よく風邪をひく体質でしたが、この年は毎月点滴を受けていたほど免疫力が下がっていた。

神経系統の不具合は、ストレスが大きく関わっています。

 

 

この年、厳しい先生が担任の先生になった。

先生は以下のお願い事をクラスの全員に告げた。

命令ではないお願い事。

この辺りが卑怯で上手い先生でした。(親に苦情を言われるのを回避する為)

別にこの事が厳しいとは思わない。

ですが、次第にクラスは

以下の構図に変わっていった。正に軍隊のようだった。

私達は友達、クラスの仲間の為に

子供達だけであるルールを決めました。

はっきり口に出し、相談しあった訳ではなかった。

 

間違いなく純粋な思いからくる

「愛」

からなるものでした。

 

 

暗黙の了解

これに見合う行動をしなければ

連帯責任で”長”が怒られる。尋常じゃなく。

 

怒るという事に非常に長けている先生でした。

 

 

友達の為に学校に行った。

友達がいたから学校に行けた。

 

 

誰一人、現実から逃げ出さなかった。

私達のクラスメイトは強かった。

確実に病気になった原因の怒涛の一年をご紹介。

 

 

支配した恐怖のお説教

 

愛のあるお説教ならいいと思います。

でもこの先生は違った。

教師・・・というより元々の性格に難ありの大人。という印象。

ストレス発散を確実に生徒に向けてる。

自分の思い通りに事が運ばないと気が済まず、怒鳴り散らかす。

全員効率の良い動き、考え方をしなければいけなかった。

 

つまりクラス全員が優等生じゃなければ気が済まない人でした。

言葉を発する毎にクラスを静寂の闇に陥れ、毎日教室は異様なほど静か。

 

その中で不愉快な音域で放たれる声量と汚い言葉は

私の頭と心臓に想像を絶するほど響いた。

目も耳も閉ざし、何も見たくなかった。

頭痛と頻脈はこの頃から始まった。先生が怒鳴るたびに耳鳴りがした。神経を「ギュッ」と素手で掴まれているかのような感覚。

 

多くの子はこの先生の迫力に呑まれ、怒られている内容が正常な粋か判断できない様子でした。

私の場合は”怖い”では無く”不愉快”。

怒られるのが怖いと思っている性格でしたが、流石に理不尽な学校生活で”これは私のせいじゃないな”と思うように切り替えれるようになっていました。

 

いーぬ。
どんなに怒られないように行動しても怒られるものだと学んだ結果です。

 

この教師に出会うまでにそう思えるようになっていて良かった。じゃなきゃ耐えれなかった。

 

怖いと感じた友達は、怖い”と言う感情しか覚えておらず

私のように”何をそんなにイライラしてるんだ?”と思った

そんなに言うほどの事か?と

頭に「?」を浮かべた側の人間は

今でも当時の出来事を覚えている。(友達に確認済み)

 

こういった友達は、大概

分隊長、参謀、兵長、特殊任務をこなしていた人物。

 

しかも同時に。

いわゆる”責任者”です。

 

苦しめた連帯責任

責任者たるもの

それに見合う行動をしなければ怒られる。

 

尋常じゃなく。

 

授業が一時ストップ状態になり、そのツケは全員の休み時間を無くす事になる。

 

その間、事態に関係のない者はその怒号を聴いていなければならない。

または、嫌でも耳にする声を聞きながらの自習。

 

シーンとした空気の中で。

 

皆のカリカリとした鉛筆の音と体に響く忌々しい怒りに満ち溢れた声。

 

自分も怒られている気分になります。

 

自習の内容なんか入ってこない。

必要以上に責められている友達を見ては

心が痛んだ。

 

でも口を挟んではならない。見続けてはならない。

二次災害が生まれるだけ。とばっちりを食うのだ。

 

そう誰かが勇敢にも見本を見せてくれた。

「黙って自習してろっっ!!」

と怒られる様を。

他人事では決してない誰もが分かっていた。

 

責任者以外の振る舞いも重要

 

責任者以外の者も例外では無く、

先生の癪に障ろうものなら

個人的なお説教が入る。

 

連帯責任で責任者も同時に。

注意しなかったとして

 

当然泣く子は沢山いました。

というかほとんどの子が一度は泣いていたのではないだろうか。

むしろ泣かないと”強い子”だと思われて

特殊任務チームに入れられます。

 

私のように。

 

特殊任務はいつ、どんな内容で指名されるか分からない。

その日の先生の気分次第。

主に雑務を言い渡される。

簡単な要件でも癪に障らないだろうか気が抜けない。

先生の性格を第一に考えながら動く。

 

添えない行動をしたら「失言でした。」では済まされないくらい汚い言葉で毎日怒られる。全員。

たまたま今日は、頼まれていた荷物を”此処”において欲しくなかったとかそう言う程度のものなのに。

 

いーぬ。
分かる訳ないでしょ(-_-)

 

毎日先生のご機嫌を伺う事で必死でした。

 

クラスの全員が悟った瞬間

 

自分のせいで怒られる友達を見ていたら、

純粋な子供達はこう思う。

 

”仲間の為に自分がしっかりしなくては”

 

それは先生が悪役になってでも教えたかった事だったから?

否、違うと断言できる。

 

愛の範囲を超えていたから。

 

そして、冒頭で紹介した通り先生の”お願い事”に対しての対処方が勝手に作り上げられた。
子供達だけの悲しい暗黙のルール

話し合う訳も無くただ純粋に。

 

 

子供達だけの暗黙のルール

 

これらを成し遂げるには

正に”忍び”のように行動した。

そうせざるを得なかった。

 

軍隊化したクラス

5分前行動の恐怖

 

大人になれば当たり前の事。

別にこれ自体は問題ない。

 

登校してから朝の行事、授業が始まる5分前までに

”やるべき事を済まし、教科書、ノートをすぐに広げれる状態にし着席しておかなければならない”

と言う約束が難しい。

 

もちろんこれは先生が怒り狂っていた時に生徒とは「そうしておくのが授業を教えて貰う側の姿勢」と教えてもらった為です。

この独特な規則があったせいで

朝から「おはよ~。」

なんてのんびり挨拶する時間なんてない。

 

そう、時間が足りないせいでこんな簡単な事が難しい事になっていました。

 

このやるべき事は役割によって違ってきます。

 

朝の各自の任務

 

兵長の動き

ポイント

①8時になったら、自身の仲間が全員来ているかの確認。出欠名簿にチェックを入れに行く。

②宿題等の提出物を、全員が規定の位置へ出したかの確認。

③一時限目の教科書、ノートが”今日勉強するページ”をすぐに開けれる用意のされ方かどうかの確認。(下敷きを挟むなど)

④宿題を忘れていた場合、予鈴が鳴る前に仲間と一緒に工作する。(連帯責任回避とクラス全体の為)

⑤仲間が特殊任務についている場合、代わりにできる事があればする。

 

各委員会の仕事

ポイント

①今日のやるべき事の確認。(何かしらある)

②表作りや、別のクラスの同委員に伝達事項があれば伝えにいく。

 

衛生兵の動き

ポイント

①8時になったら、兵長が欠席してないかの確認。欠席の場合、兵長の仕事をする。

②兵長の代わりに半旗などを規定の位置に挿しに行く。(往復5分は確実にかかる)

③仲間が宿題を忘れた場合、一緒に工作する。

④仲間が特殊任務についている場合、代わりにできる事があればする。

 

日直の動き

ポイント

①着席時間前1分前くらいに、提出物、出欠表を綺麗に整え先生の机の”規定の位置”に置きに行く

②欠席者がいる場合、特殊任務隊の 比較的忙しくない人を見つけ、伝えに行く。

③仲間が宿題を忘れた場合、一緒に工作する。

④仲間が特殊任務についている場合、代わりにできる事があればする。

 

特殊任務部隊の動き

ポイント

①まず、兵長としての役割を果たす。(特殊任務隊は兵長であることが前提)
②日直から頼まれごとをされた場合、職員室へ出向き 先生へ報告に行く。
③何かしら伝達事(雑務など)を言い渡されるので、分隊長などに伝えに行く。(他クラス、他学年の場合もある)
④忙しくて困っている他の兵長を助けに行く。

 

兵士の動き

ポイント

①8時までに無事に登校する。

②宿題を忘れない。

③兵長に何でも報告する。(隠し事は悲劇を生む)

④一時限目の準備ができてから席を立つ。

 

 

優先的には委員会の仕事。

これだけは本人以外の者が手伝える事は少ない。

委員会の仕事も兵長の仕事もかかけもっていた人は沢山いた。

 

朝、登校してからだいたい10分以内にすべての仕事を完遂させておかなければ、仲間の事まで考えられない。

各自とった行動は、

 

朝早く学校に行く事。

 

 

圧倒的な時間不足の解消法

兵長の朝は早い

 

登校完了してから

10分ぐらいの時間じゃ正直足りませんでした。

 

朝、登校班と一緒に学校に行っていたら

絶対に間に合わない。

 

自分より年下の子の安全を確認しながら

学校へと導くのが高学年の役目。

 

私は当時、登校班の副班長でした。

当然、後ろから下級生を見守る役目がある。

 

私は運よく、班の中に低学年の子が居なかった。

 

ほんとはいけない事ですが、

しっかりしている中学年の子に

副班長をお願いし、一人で早めに登校。

 

当時は自分の事とクラスの仲間の事で頭がいっぱいでした。

 

その為にはある人物が壁となった。

 

地区担当者との戦い

登校を見守って下さる感謝すべき方々がいらっしゃいました。

こちらのような方々ですね。

先生であったり、PTAの役員さんであったり、自主的に地域を見守ってくださる方も いらっしゃいました。

 

班から乱れた行動をする子に声掛けして下さったり

車から守って下さった本来なら尊敬、感謝すべき存在。

 

しかしこの年だけは、

”道をあけてくれない邪魔な大人”

 

見つかっては時間のロスです。

 

その目をかいくぐるには、

”ココ”のポイントを利用して

見つからないように突破する事。

 

視野を広く持ち、様子を伺い、対象の息遣いを読む。

タイミングをつかんだら素早く移動する。

 

迷っている暇などない。

 

 

 

何もこの行動をしていたのは私だけでは無かった。

 

教室に居たのは、兵長であることが条件で

  • 委員会の仕事もある
  • 日直の日である
  • 前日に先生に雑務を頼まれており、早く登校する必要があった

そういう子達で溢れていた。

 

登校完了まで10分以上も余裕をもって登校したのにも拘らず、

私は一番に登校できたためしがなかった

 

クラス一丸となっている証拠なのに

同じ苦しみを味わう人が私だけでは無かった事が判明し

とてつもなく悲しかった。

 

でも誰も逃げ出さなかった。

自分が休めば誰かにしわ寄せがいく事は皆分かっていましたから。

 

友達、クラスメイトの為に私は闘志が湧いた。きっと全員が思っていた。

段々登校時間が早くなるクラスメイト。それでも平穏に暮らせるならそれで良かった。

 

早すぎる登校に、誰かの親が

自由登校する一部の上級生を不審な行動に「どうなってるんだ?」と言ったらしく、

時間の余裕から友達と笑顔で話せる時間は、先生の激昂によって禁止になった。

 

誰かを助ける事が出来なくなった各リーダー達は、怒られる子をただ見るだけ、一緒に怒られる事が確定した瞬間でした。

 

兵長は皆のために皆は兵長のために

 

石田三成の『大一大万大吉』

 

正にクラスはそんな状態。

兵長が朝から忙しく動いているのは皆知っていました。

 

”自分のせいで怒られる仲間に申し訳ない”と言う思いが蔓延しだし、

ちょっとやんちゃな子でさえ身を引き締め始めた。

これが先生の狙いだったのだろうが、

 

うっかりミスなど許されない息苦しい雰囲気でした

 

洗練されたクラスが出来上がり、

”助けたい”

という色んな立場からの思いが過度な察し合いになり

毎日が緊張状態でした。

 

先生はというと・・・・

完璧なクラスを見て何だか誇らしげで、完璧に先生を迎えれた朝は「今日はスムーズでいいわ~」と皆を褒めて下さいました。

 

この時、私の中で

”この人は先生では無く、ただのダメな大人”と化しました。

 

体育委員の苦労

 

体育委員は日直と同じで必ず誰もが通る道でした。

あまりなる事は少ないですが、なった時が大変でした。

 

主な仕事は

step
1
その日の体育がどんな内容で、室内かどうかの確認を体育が始まる10分前に先生に聞きに行く

step
2
確認した事項をクラスに戻り、黒板に書きに行く

step
3
隊列を指示する為にクラス全員の前に立つ

 

 

体育が始まる前から運動と駆け引きが既に始まっていた。

 

華麗なる連携プレー

 

”廊下は走ってはいけません”

人との衝突防止やケガ防止の為。

そんな事承知でしたが、

 

”10分休憩の間に何故か教室に居ない先生を探し出し皆に伝える事ができますか?”

 

教室から去る際に今日の体育の内容を黒板に先生が書いて出て行けば済む話なのだが、

その辺の優しさは先生には無い。

 

大体、先生は職員室に戻る。

その前に捕まえるか職員室に出向く。

 

私達のクラスは職員室まで遠い。

雨が降ろうものなら渡り廊下が使えないので

三階から一旦 一階に降りる必要がありました。

 

何故急がないといけないかというと、

体育も例外無く”5分前行動”だからです。

 

つまるところ、実質2分程で行って帰ってくる事が必須になります。

到底間に合いません。

 

ここで子供の知恵が発動します。

隊はだいたい4人

 

ポイント

一人目、職員室へ直行。

二人目、職員室から出てきた子が見える位置に待機。

三人目、階段 一階で待機。

四人目、教室の隣にある階段付近に待機。(三階踊り場。三人目が上から見える位置)

 

ミッション1、走ってないようで走れ!

一人目は素早さが重要。

でも走れない。

私が担当の時は、

”如何に階段を早く降り如何に踊り場でインコースをとれるか”

で時短してました。

 

ミッション2、「ホウレンソウ」はジェスチャーか隠語で時短!

職員室から出たらすぐ予め決めておいた合図で、二人目に報告。

報告は

  1. 今日の運動は外か中か?
  2. 隊列は2or4のどちらか?(男女、二列ずつ 四列ずつ並んで座っておく必要がある)
  3. 準備するべき道具は教室にあるか?

この三つです。

全身を使って 〇→数字→〇

のように 二人目に伝えてましたね。

 

伝達したら、一人目は体育倉庫を開けたり ライン引きをしたり

先に現場に行く事で、仲間の負担を助けていました。

 

ミッション3、伝達を受け取ったら素早く仲間と合流せよ!

二人目、三人目は素早く連携し、踊り場で待つ4人目に報告し(全員ジェスチャー)

クラスの皆が来る前に一人目の子と合流し、準備を完成させる。

 

ミッション4、黒板に伝達事項を書き残し、仲間を導け!

体育館での場合、専用の靴に履き替える必要がある為、

伝達してくれた子(三人分)の靴を持って急ぐ。

四人目は口頭ではなく黒板に書き示しておく。

そうすれば各自確認してクラスメイトは素早く来てくれる。

 

あとは皆を待つだけでいいのです。

 

美しい”ドミノ”

 

委員はクラスの前に立ち 2or4を手で示し、クラスの全員に今日の隊列を知らせる。

 

それを見た皆は、素早く並び直し

男女 縦、横を綺麗に揃っているか 無言で確認しあい、前から順番に体育座りをしていく。

 

それは倒れるドミノのように美しい流れ。一番前でも後ろでもハッキリ見えていた。

 

5分前行動の出来上がりです。

 

合同体育の場合、別のクラスの友達に会えるのが嬉しくて

先生がやってきても「静かにしなさ~い」「ちゃんと並びなさ~い」

 

なんて、多少ワイワイして和やかな雰囲気なのだが

私達のクラスにそんなものは存在しない。

 

暗い空気の中でただ黙って一点を見つめるのみ。

S先生を。

 

他クラスの友達に話しかけられても返すこともできない。無視しなければならない。私語など以ての外。

お願いだから話しかけないで(:_;)と心の中で願った。

 

一番悲しかったのは他クラスの先生からの一言。

お行儀のよい私達を見て

「3組の子達を見なさい!静かに待っとるでしょう!いつも学年全体の事を考えて動いてくれてるでしょう!?」

 

 

いいえ違います。

仲間の為です。

効率重視の先生の為です

 

異様なまでの空気感が伝わっていたのか、

他クラスの友達と下校する際、

 

「そういえばいーぬ。ちゃんのクラスさ~ いっつも静かすぎへん?」
同級生

 

異常事態なのはきっと全クラス、先生に伝わっていた。

 

大人には大人のお付き合いがあるのだろう。

他のクラスの先生が助けてくれることはなかった。

 

 

恐怖の推薦制度 再び

 

この先生の下で学級委員になりたい人なんかいるはずがない。

立候補者がでるはずもない。

 

そこで恒例の強制推薦制度。

立候補者がいない事ですでにご立腹の先生は空気を重くし、教室が台風の日のように暗くて荒々しい雰囲気。

一人の大人によって・・・

 

「強制推薦制度の詳しい記事はこちら」↓

【学級委員の決め方】責任者はたいがい向いてない人がなる訳~小学4年生編~

  大人になると、昇進したくてたまらないのに この時期は 責任の押し付け合いになる。   この年、私は初めて 学級委員になった。   いーぬ。保育園編から見て下さっている ...

続きを見る

 

重圧に耐えれなかったY君

 

この先生の推薦制度の場合は完全にランダム。

名前を呼ばれた子が速やかに立ち、

誰かを推薦しなければならない。

 

よりによってY君が名指しされた。

 

Y君とは1、2年生の時に同じクラスでした。

クラスの人気者でムードメーカー。

 

出過ぎる事も無く、ここぞという時だけ和やかな笑いを生んでくれる。

運動が得意で男の子人気が特に高かった。

昼休み、彼は必ず外で遊ぼうと誘われる存在。

 

でもちょっとクールな所もあり、一人で好きな事をやってる時もある

ちょっと繊細さを漂わせる印象がありました。

 

先生に急かされる形で”誰を指名するのか”問われて悩んでいる様子が窺えた。

 

ハラハラしながら見ていた時、彼と一瞬目が合った。

ほんの一瞬。

先生には気づかれない早さ。

 

 

互いに考えている事が分かった。

 

 

 

小5前編のいーぬ。
(いいよ。私の名前挙げて。うまくかわすよ。)

 

(・・・ごめん)
Y君

 

 

 

アイコンタクトと表情で意思疎通を図った。

 

こういう時は確信できるもの

 

 

”いいよ”と言ったものの、この先生の下で半年も耐えれる?

 

 

 

いや無理。

 

 

 

今思えば一か八かすぎて冷や冷やして言えないですが

 

 

 

小5前編のいーぬ。
「去年やったのでお断りしたいです。」

 

と拒否の答弁をした。

 

 

ドキドキタイム。。。

 

 

 

 

 

「・・・あらそうなの?じゃあ仕方ないわね。」
S先生

 

 

 

 

あっ・・・いいんだ・・・。(苦笑)

 

 

とりあえず難は逃れたが、

繊細なY君へのフォローを忘れていた・・・・。

 

 

 

 

(やっぱり迷惑だったのかな?)
Y君

 

そう思ったのかは定かではないが

その後、しばらくして彼は学校に来なくなった。

 

当時、小学生の不登校なんて珍しすぎて逆に目立つので恥ずかしい

という感覚が強かった印象です。

 

 

結果的に1週間ほど休んだのちに来てくれましたが

この間、彼は何を思っていたのだろう?

私は知らずうちに彼を責めて傷つけてしまったんだと思った。

 

また私が断った事により・・・かは、驕りすぎかもしれませんが、

物静かでか弱い先生の要求に耐えられそうにない真面目な子が学級委員に選ばれた。

 

 

これから分隊長として活動するには優しすぎる子。

 

 

何度も皆の前で泣く友達を見ては、心が痛んだ

 

 

それは今も持つ身体症状が明確に出始めたキッカケでした。

慢性的な頭痛もはじまり、動悸は頭の中で不愉快なまで響くようになっていた。

刺すような心臓の痛みも月1でくるようになった。

 

 

 

多分、免疫力が下がり神経系統の伝達がおかしくなり始めたのだと思ってます。

 

 

真実は分からない。

原因不明の病気だから・・・。

 

 

まとめ

長々読んで頂き、ありがとうございます。

ちょっと疲れましたか?

 

私は疲れました。

 

なんせこれは桜が散りきる前の出来事

まだまだ始まったばかり。

言わばチュートリアルと言った所。

 

この先生への個人的な不快感と身体症状の悪化はこれから味わう事になります。

 

後期に続く。

 

「後期編はこちら」↓

パニック症状はストレスの積み重なりでなる~小学5年生編~後期

  前期からの続きになります。   前回の記事を見て頂いて、「そんなに酷い先生なら親に言い、PTAなりに動いてもらえばいいのではないか?」と思った方もいらっしゃるでしょうが、 この ...

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