いーぬ。の人生回顧録 小学校低学年編

教師に感情を操られた子供が感じている事~小学校低学年編~

 

「友達100人~で~きるっかな~♪」

で、ウキウキなはずの小学校入学式。

集団生活の中で学んだ”違和感”

明確に何に対してなのかが分かり始めた。

それは

集団生活でもなく友達でもなく

またしても

 

「先生

でした・・・。

 

今回は小学校に入学した時に抱いた先生への不信感を紹介。

親に言うほどでもないような事ですが、確実に心がズキズキした思い出です。

 

私はことごとく担任の先生と相性が良くなかった。

 

 

桜と藤の花

 

大きな桜が何本もあり、ぐるっと学校全体を囲む美しい小学校でした。

桜の名所にしてもいいんじゃないかと思うぐらい。

堤防から見下ろす事のできるその場所が

何だか風情があって、よく立ち止まって見てました。

桜のトンネルを抜けると、

藤の花が、空一面にあるような美しさ。

太陽の光さえ通さない、うめつくされた天井からは甘い香り。

日陰になったその場所が 私のお気に入りでした。

 

よくクマンバチ(クマバチ)が飛んでて怖かったですけどね(笑)

 

私が花好きになったのは、この学校の影響が強いです。

お花辞典を買って貰って花言葉を調べるのが好きになりました(^^)

 

友達が多いが故の苦労が始まる

前回、幼稚園編でも述べましたが 私は人より成長が早く

皆より頭一つ分身長が高かったです。

友達は話しかけやすかったようで、自然と周りが寄ってきてくれる

お得な個性の持ち主でした。

自然とリーダー役にならざるを得なくなっていきました。

 

適材適所

良いことも悪い事も学んで行く大事な時期。

学校と言うのは 先生から怒られて覚えて行く事も大切ですが

 

”大人から言われたから聞かなければならない”

という事が最重要では無く

”自分で気づいて行動させる事が目的”

だったんだと思います。

少なくても私の担任の先生の教育方針はそう感じました。

”子供同士で”ですね。

 

別にこれに対しては特に問題は無く、むしろ素晴らしいと思います。が、

そこで目をつけられたのが私

 

有り難い事に、いつも私の周りには女の子達がくっついてきたりしてくれていたものですから、先生からしたらご利用しやすかったのでしょう。

 

”良い見本になれ”

と言わんばかり何かとご指名。

世間では必ずと言っていいほど模範になるような人間を作り、過剰に褒めたたえ目立たせます。

それを嬉しいと思い、頑張れるタイプなら結構な事かと思いますが私は違います。

保育園編でもお話しましたが、頭の中がパンパンなんです。

現在の人間関係しかり、自分の予期不安の解明になどなど・・・

特にどうでもいい事に頭を悩ませがちな心配性の性格なのです。

皆の先頭に立って指導したり導いたりなど向いていません。

むしろゆっくり後ろから皆の事を見ていたい。

 

適材適所という言葉がある通り

”学力、運動に対しての努力の姿勢”なら得意です。

目標を立てて突っ走るのは好きでしたから。

 

ただ悪い事をした子に叱る、

”人に怒る”

事を強いられる事は私には苦痛でした。

 

怒られたくないと普段から思っているからでしょうか?

”怒る”と言う感情は自分の心を酷く痛める様にもなっていました。

 

 

やんちゃな男の子

 

たいてい何かやらかすのは元気な男の子。

「もう男子~ちゃんとやって~」

ってやつですね(笑)

 

それはそう言える子が言えばいいんです。

 

私はどちらかというと

「危ないよ~?」

とふわっと言う程度しかできない。

 

と言うのも怒られる事と分かっていて暴れているような人にこれ以上言っても無駄だと思ってました。

子供なんて同級生の言う事聞きませんから。変に反感買うだけなので強く言わない方がいいと思ってましたね。

性にも合わないですし。(上記で述べた通り人に指示するのは好きでは無い)

そもそもがリーダーには向いていない。

しかし、試練は突然訪れる・・・

 

強要された怒るという感情

ちょっと思い出が薄れているので

事の事態を詳しく書けなくて申し訳ないのですが、

 

・・・・いや覚えてないという事は、キッカケなんかが問題では無かったのでしょう。

 

男の子同士がふざけあっていて

一方の子が強く押しすぎてしまったかなんかで、

廊下に「ビタンッ」と音がしたと思ったら

押された側の男の子が跪いていました。

学校ではよく起こる・・・なんかもう風物詩のような事だったと思います。

双方、”ごめん~”みたいな感じで怪我もしていなかったので

別に私が出る幕では無い。お互い勉強になった。

・・・・で良かった。

 

 

そこに運悪く先生が通りかかり

運悪く私はその場に居合わせており

運悪く構図がマズかった。

 

一連の流れを知らない先生にとったら

喧嘩しているもしくは危険な遊び方をした

・・・様に見える

 

 

 

はい。

御説教タイム。

 

 

 

二人の中で判っている事なのだから そこまで言うほどの事?

と疑問に思っていたら

 

「いーぬ。さん!どう思った!?」
小1の先生

 

 

巻き込まれた・・・。

 

どうした?どうした?と集まってくるクラスメイト達・・・

 

ああ・・今後このようなことを起こさない為にも ”例” にしたいのですね・・・。

事をおおきくされたこの二人が不憫でならない

が、私が何か発しないと終わりそうもない空気だったので

 

いーぬ。
「・・・頭打ってたら危なかったと思います。」

 

的な事を言った。

返された言葉は

 

「もっと真剣に怒らないと!!」
小1の先生

 

 

 

 

はい?

・・・怒る?

怒らないと通じませんか?

 

そんなにこの場面が皆にとって大事ですか?

”誤解された二人の男の子を叱る同級生(私)” が。

 

何があったのか確認もしないで。

 

 

怒る必要性など感じなかった私はたじろんでいました。

すると次第に怒りの矛先が私に向き始めた。

 

「怒る時は怒らないといけないでしょ!!」

 

 

 

知っとるわ!!( ゚Д゚)だから怒ってないんでしょうが!!( `ー´)ノ

当時に戻れるなら言ってみたい言葉(笑)

 

そんなもの、私が決める事ですよ先生。

感情は強要するものではない。

 

 

この時は場を丸く収めないと二人が余計に可哀相だったので

無理やり怒った。

 

 

先生は・・・

「偉いわね~」と褒めてくれた。

 

全く嬉しくもなくただストレスが溜まった記憶だけが残っています。

 

 

先生・・・偉いのは、この理不尽なままごとに耐えた二人の方です・・・。

 

 

 

 

”お手本”になった私は、友達からも「さすがだね~」なんて言われ、

心がズキズキ痛んだ。

 

物事の真相なんて、その時見ていた人にしか分からない。

もっといえば当人同士しか分からないのかも知れない。

何だかそんな事を学んだような気がした。

 

 

まとめ

 

物事を見極めるには常に第三者目線でいなければならない。

まずは情報収集。次に本当かどうかの情報収集。当事者達はどう思っているのか?

多方面から見て集め、始めて自分の意見を持つ。

流れを間違えると真相は見えてこない。

 

一番大事な事は、個人の性格を見極め尊重する事。

 

先生という立場は本当に難しい立ち位置だと思います。

怒りすぎても優しすぎてもいけない。

一年という短い間に何十人もの性格を把握しなければならない。

ですが大人と言えども”人”

忙しい職務に追われながら 凛としていなければいけない。

イライラもするでしょう。

 

あの時若干イライラしていた先生は、職務に追われて忙しかったのでしょう。

ただこの偶然起こった事柄が

私にも気づかない程の小さなヒビを入れたのです。

心に入ったヒビ。

たかがそんな事だった出来事かもしれないが、この事は今でもずっと覚えている。

こういう小さなストレスが自分を苦しめる要因になって心のバランスが崩れたのだと思う。

もっと深く入り込み、粉々になっていくのは

まだまだ先の話。

 

何故か私は理不尽な先生に振り回される事になっていきます。

 

いーぬ。回想

 

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