いーぬ。の人生回顧録 幼稚園編

【大事にすべき人間とは?】「友達の大切さ」と「先生に対しての違和感」に悩み、人との距離感を知った~幼稚園編~

 

この頃から、すでに同級生のみんなより 頭一つ分大きくなりました。

背の順は 義務教育が終わるまでずっと一番後ろ。

 

一番後ろからずっと見ていたからこそ、その場の空気感がより鮮明に見えました。

 

いーぬ。
集団生活で上手くやっていくにはどうしたらいいか見やすかったです。

 

何もしてなくても、立ってるだけでちょっと目立つ存在に。

友達作りには有利でした。

友達には・・・

 

 

問題は 大人の方でした。

 

今回は、幼稚園でどのよう過ごしていていたかをご紹介。

集団生活の上手なポジションをどうやって築き、先生(大人)のどんな行動で私が傷ついていた(違和感)かを知って頂き、子供の変化に気づくキッカケになれば幸い。

また、”社会に出ても同じような事が起こっている”という事実を知って頂きたい。

 

いーぬ。
人間関係って一生の付き合いで難しいですよね~( 一一)

 

 

友達、仲間は生まれ持った「個性」を生かす

 

話しかける時のキッカケ”って、とても大事で悩みます。

 

そういう面で活躍したのが自身の身長や体格。

つまり遺伝。両親からもらった”個性”です。社会人なら+経験。

 

ただ、私は当時から高身長なのが少しコンプレックスでした。

 

いーぬ。
一応女の子ですからね(-ω-)

 

それでも環境が良かったのか

自分から何もしなくても周囲から話しかけてもらって

人との信頼関係の構築の仕方を学びました。

 

いーぬ。
そんな”私”を生んでくれた両親に感謝です。

 

運が良いというか・・同級生に酷く恵まれていました。

男の子、女の子関係なく

からかわれる事も無く、疎まれる事も無く、

何か問題が起きれば仲裁役になっていきつつも

仲間外れにされる事も無かったです。

 

多分ひとより大きい分、怖かったのかな?威圧感があったと思われる。その為、自己主張は控えていたように思います。

”優しすぎない人” ”控えめ過ぎず出しゃばらない”

がコンプレックスのおかげで自然と出来ていた様です。

 

自然と「同級生は大事にするべき存在」

になっていきました。

 

いーぬ。
社会人なら職場の同僚にあたるかな?🙄

 

もっと細かく言うならば、友達とは

”最初からコンプレックスを受け入れてくれる人”

なんだと学びました。

 

そんな同級生との和を大切に生きていたいと思っていた私にとって、度々試練を与えてくる存在になったのが

 

「先生」

でした。

 

大人には大人の都合、子供には子供のお付き合いがある

 

参観日の為に歌の練習をしている日の出来事。

 

背の順で並んで、伴奏してくれる先生が 大きな桜が付いたお手製の棒を持ってきました。

 

合唱の際、この桜を振ってほしいとの事。

棒は二本。抽選で二名様。

 

幼稚園の先生
「この桜を振りたい人~?」
「はーーーい!!」
同級生

 

恥ずかしがり屋さん以外のたいていの子は、手を挙げていましたね。

目立ちますからね('ω')

 

そんな光景を一番後ろから見ていた私は、

やってもやらなくても 正直、どちらでも良かったです。

 

いーぬ。
普段から目立っているので、興味なかったんでしょうね

 

そんな感じだったので、

”こんなにやりたい子が沢山居るのなら、どうしてもやりたい子に譲るべき”

と判断しました。

 

これは今でもそう思います。

 

手は挙げずに静観していると、

明らかに怒り気味な先生が、私の元へとズカズカ寄ってきて

強引に棒を渡して去っていきました。

 

”え!?”

 

皆から一斉に向けられる

うらやましいと言う感情

 

目線を上げた先には

一番前の子にも手渡された棒。

(強引)

 

”ああ~・・・なるほど・・・・

両端の方が見栄えがいいもんね・・・”

 

言葉では説明できませんが、ふわっと感覚でそう感じました。

 

 

無神経に渡されたショックと

先生から放たれる

 

幼稚園の先生
(他の子は一丸となってやる気満々なのに、何故あなたはそんなに協調性が無いの?)

 

と言わんばかりのと、棒の渡され方と、態度。

 

協調性は別の意味で出していたのですが・・・

歌も楽しく全力で歌っていましたが・・・・

 

先生には 一切見えて無かったのですね・・・。

 

即座に反論なんてしません。

歯向かっても面倒な事になるだけだと思ってましたから。

 

この後、何もなかったから良かったものの

一番前の子と私が、仲間外れにされる”キッカケ”になったかもしれない。

 

担任の先生では無かったので、私の性格を知っている訳ではない。

 

大人になった今なら割り切れますが

その時生まれた不信感と不満は、確実に

”先生”という存在に向き始めた”キッカケ”でした。

 

いーぬ。
5歳で「やりたい子にやらせてあげるべきです!」なんて言えるわけがない。そんな”言葉”をしらない。

 

 

とにかく調和主義

 

”嫌われちゃったかな?”

 

実際には何事もなかったです。

ですが上記の件をキッカケに、私の

予期不安能力がまた過剰に反応。

 

空気を読み過ぎる傾向に傾き始めました。

 

ブランコ争奪戦

 

いつの時代も大人気のブランコ。

私の通った幼稚園には1つしか無く、休み時間は長蛇の列。

貴重な時間を 取り合いに費やしたくなかったので

諦めるという平和的解決を選択。

なんか当時大量にいたザリガニと戯れてました。(笑)

 

狙うべきタイミングは

皆バラバラの時間帯に帰り出す下校時。

ほんの一瞬空く時を楽しみにしてました。

 

しかし、運良く座れたとしても

 

か~~わって~~♪」
同級生

 

が定番で、2コキぐらいできれば良いほうでしたね。

「私も今変わってもらったばっかり」

と説明するのがめんどくさくて、すぐに変わってあげるを繰り返していました。

 

いーぬ。
幼稚園のブランコにこだわる必要性も感じませんでしたから。

 

そう、帰って公園でゆっくり漕いだ方が 落ち着いて楽しめる。(公園のブランコは数が多い)

 

何より誰も困らせない。

嫌な気分にさせない。

 

だから特に固執する必要性がない。それでよかった。

 

それを母親に説明できたら良かった。

 

ある日、いつも通り

”空いてるなら遊んでいこう” 程度に軽く考えてた私に

これまた いつも通りの掛け声が聞こえてきたので、”いいよ~” の

”い” のタイミングで

 

いーぬ。の母
「この子、今変わってもらったばかりだから 10回だけ漕がせてあげていいかな?」

 

いーぬ。
「(ん!?)」

 

「いいよ~♪」
同級生

 

いーぬ。
「(んん!?)」

 

 

待て待て!!10漕ぎは結構長いぞ!!

 

 

母の優しさは嬉しかったのですが、楽しくてもニコニコしながら遊ぶタイプではなかった為、

嫌な予感がした。

 

 

急げ~~変な空気になるぞ~(焦り)

 

 

 

いーぬ。
「(キーコーキーコー(焦))」
「・・・・・・(じーーーー)」
同級生
「・・・・・・(じーーーー)」
いーぬ。の母

 

いーぬ。
「(キコキコキコキコっ(焦)(汗))」
「・・・・・・(じーーーー)」
同級生
「・・・・・・(じーーーー)」
いーぬ。の母

 

 

 

 

 

 

・・・・・・耐えれん!!

何この空気!!?( ;∀;)

 

 

全然楽しめないよそんな見られてたら。

 

 

心地が悪くてしょうがなかったですね。

こんな空気にしてしまうぐらいなら、

信頼している相手に 自分の意志を伝えておくべきだな

と思いました。

 

たった一言、「公園で落ち着いて遊びたい」と・・・( ;∀;)

 

人の”優しさ”無駄にしてはいけないと勉強した、

物悲しくも有意義な一年でした。

 

まとめ

 

自分の意志を後回しにすることが

一番の得策だと思ってました。

社会人になった今もそうやって過ごす方も多いでしょう。

争いが起きずに平和に過ごせますから。

 

確かに幼稚園では争いは無かったですが

人に誤解も与えてしまい、自分の本当の想いとは真逆な方向へと動いてしまう事もある。

そうなってしまってから人間関係を修復するのは酷く面倒くさいです。

だからと言って外っておいたら自分の評価を下げるだけです。

 

出すべき時は出さないと自分を苦しめるだけ。

 

何より恐ろしいのは、私を理解してくれる人私の大事な人から放たれた助け船でさえも 誤解によって

無駄になってしまうような状況を作り出してしまうこともある

 

それだけは避けたい!

 

大事にすべき人というのは

”自分のコンプレックスを受け入れてくれる存在。否定しない人”です。

 

そう捉えている事で、あえて自然体で過ごすようになりました。その中で、”今の私を認めてくれる人”と居る事でコンプレックスなんかどうでもよくなりました。

正しく褒めて叱ってくれる人の側で癒され、そして自分が人にも癒すように行動できるようになれば多くの善き人が集まり、愛に溢れた生活になりますよ☺

 

”嫌な自分”になっていませんか?

 

 

いーぬ。の回想

 

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