いーぬ。の人生回顧録 広島編

あの日行けなかった広島原爆ドームへ一人旅〜広島編〜

自分の持病が良くなったこの頃、精神的に元気になったのに体は怠く重いままで、何故自由に動けないでいるのかが分からなかった。

働きたいのに、その準備もしてきたのに症状はよくならない。ゔ〜んどうしたものかと考えていると、ふと広島に行こうと思い立った。

何故かは分からない。強いて言うなら呼ばれた気がした。

アドレナリンが出たのだろうか。少し無理をしてでも行きたいと思い、すぐに行動に移すことに。帰ってきたらきっと死んだように眠りにつく事と分かりながら、中学の時、修学旅行で行くはずだった原爆ドームに10年以上越しに行き、何を得たのかをお話します。

広島駅到着

長い事新幹線に揺られ、体力をごっそり持っていかれたが、無事に広島駅に到着。駅に着いたら献花用のお花を買おうと思っていたのだが・・・どこにも花屋さんが無い!!私の見落としだろうか?原爆ドーム周辺にも無かった。完全に私のリサーチ不足でした。

原爆ドームに行く前にホテルへ荷物を置きに降りた駅が良くなかったのかもしれない。残念。

仕方なくまずはホテルへ荷物を預けに行く。

その日はとても快晴で雲一つなく、まるで歓迎されているかのような日でした。

過去の歴史が嘘みたいな綺麗な道で、毎日ここを歩きたいくらいだった。ベンチに座って昼食を食べている方も居て、とても気持ちよさそう。

思わずキョロキョロしながら色んな風景を楽しんだ。綺麗な、ほんとに綺麗な色を楽しんでいたのに、ふと足元を見て現実に引き戻された。

・・・字体こわっ!!

そうだ、この町が綺麗になったのはごく最近の事。

穏やかで優しい風が吹くほど、何だか悲しい気持ちになった。

しばらくこの文字を見つめ、動く事が出来なかった。

原爆ドーム

ここに中学生の時、来るはずだった。

でも今来てよかった。ゆっくり、そして静かに見つめる事ができる。

中は暗くて寒そうな印象。外は頑丈でびくともしなさそうだった。被ばく前はもう少し大きいくらいでほぼ形を留めるほどなのに、中にいた人は全員亡くなった。どれほどの恐ろしい事が起きたらこんな事になるのだろう。

ここに大勢の人がまだ居るような、当時の風景が浮かんできた。何があったのか理解する間もなく…というのがせめてもの救いだったのだろうか。

出典元:広島市 原爆ドームは爆心地にとても近いのに、どうして崩れずに残ったのですか を引用

周辺には綺麗な川が流れていた。ベンチもあり、対岸には多くの方が座っていた。外人さんが多かったような気がする。皆この川を見て休憩中なのかな?それとも見つめているのかな?気になって近寄ってみる事に。

そのまま入れる場所だった。

何故だろう・・・当時この川は水が見えないほど人で溢れていたはずなのに、優しい空気が流れていた。

階段を下りて水の近くに座り、しばらく眺めて見た。

ここに訪れた多くの人が故人を偲び、苦しみと悲しみを共有してきたのだろう。底は見えないが澄んだ水面だった。

”生きなさい”と言われているような気がした。

まさかこちら側が励まされるとは思っていなかったから少し驚いたが、この場所は好きだ。

心の中でそっと手を合わせた。

平和記念公園内

平和記念ポスト

資料館の近くにポストを発見。こちらのポストは実際に出せるのかな?外人さんが大量に葉書きを入れていたけれど(笑)

本当に世界と繋がっているのですね。次行くときは、自分宛に書いて出したいな。

広島平和記念資料館

日本人として、一度は見ておかなければと思っていた資料館に到着。

現代的でアーティスティックなモニュメントが並ぶ中、一つの時計に目が行く。

『地球監視平和時計』だ。ただのおしゃれな時計かと思ったが、原爆投下時の"8時15分"が刻まれていた。それから何日経ったのか、カウンターも刻まれていた。今もこの先も刻み続けて行くのだろう。

今日この日に、私が此処に立っていていいのか困惑するほど悲しい気分になった。目の前に刻まれ続けている数字のせいなのか。

あの日から平和である証拠と捉えるのか、悲劇が起きた日数と捉えるのか分からなかった。

多分両方なのかな。

館内から見る慰霊碑とドーム

展示品は順路順に見る事ができるようになっていた。中は混み混みで思いの外しっかり細かく文字を読む事はできなかった。

真剣な瞳で見つめる外人さん達が印象的だった。団体さんで来てる方が多かった。何か口にする訳でも無く、静かに、ただ静かに見つめ、立ち去って行く。そんな姿を見たら、我先に先頭には行けない。

それとは反対に、おそらく修学旅行で来たであろう中学生がうるさくて恥ずかしかった。ここでは現実を受け止めきれないからって、一瞬たりとも気は抜いて欲しくない場所なんだけどな。私もこの子達同様に来るはずだった歳に此処を訪れていたらどんな反応したのだろうか。ネットがまだ発達していなく、事前情報を入れている私と違ったら真剣に向き合えていただろうか?

広島に呼ばれた気がしたから来たと言ったが、この時分かった気がした。今だからこそ心の準備ができたのだと。

館内も見て終わり、廊下を歩いているとテレビで見た事ある慰霊碑を遠くに見つけた。

絶え間なく人が居て、手を合わせているように見えた。ずっとあの場所の前に立ちたかった。

平和がずっと続くように。

苦しんだ人々がいたことを忘れないように。ここを出たらもっと近くで目に焼き付けにいこう。

もうすぐ出口という時、一冊のノートが目に入った。ここに来た人が何か一言書き残していけるものだった。中を開くと多種様々な言語で日付と名前と一言そえてあった。もちろん何が書いてあるか分からない。でも、何故か皆同じ想いのような気がした。

ここに来るときに見た平和記念ポストじゃないけど、世界はちゃんと繋がっていると思った。

慰霊碑前で大切な記憶を思い出す

資料館から慰霊碑まで結構な距離があるというのに、全く疲れなかった。ずいぶん遠回りしてやっとここに来ることができたのに。"自分の目的が此処だ"と言っているようだった。

目の前まで行くと「安らかに眠って下さい」と碑文が刻まれていた。ここに、沢山の苦しみと悲しみがあると思うと、ふと私が生きている理由は何か問いたくなった。

私は病気だ。国の為に社会貢献する事も出来ずに生きている。何という差なのか。時代背景は違えど、恐怖に勝ち、眠りについていった先人達とのこの差はなんだろう。惨めでいて申し訳ない気持ちになる。

せめて私に出来る事は忘れない事。ここに確かに存在していた人の分まで多くの景色を見て沢山の思い出を作る事。これしかできない。

…ん?以前、同じような感覚を抱いた事があるが・・・なんだっけ?

・・・・・・そうだ、思い出した。私、小学3年生の時に友達を亡くしたんだ。

とても・・・とても急な事だった。状況が少し似ているからかな?まさかここで思い出すとは思わなかった。

中一の時にパニック発作で友達の名前や記憶を飛ばす出来事があったが、何でこんな重要な事を忘れていたのか。

いや重要だから忘れていたのか。

広島に呼ばれたのもその子の事を思い出す為だったのか。

心がふっと軽くなった。

やっと心から想い、立ち去る事ができる。

”安らかに眠って下さい。友達を思い出させてくださってありがとうございます”

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まとめ

公園内は本当に広くて、もっとゆっくり見たかったけどこの時の体力では原爆の子の像で限界だった。折り鶴をモチーフにされてる鐘が印象的でした。

帰ってから調べ直したら、本川方面に全く行けてなかった。

出典元:広島市 平和記念公園とその周辺マップ

また人生を見つめ直してここに来る日が訪れると思う。自分の生と他人の死を考え続けている人生だから。

ここは、私にとってプラスになる声をくれる。やっぱり先人には敵わない。

「幸せに生きなさい」と聞こえた。

今の私に出来る事をしながら自分たちの分まで生きろと。

私は遠出する際はいつもジニアの花を模したアクセサリーをつけている。何の為だったか今日はっきり思い出す事ができた。

ジニアの花言葉は

"不在の友を思う" ""

そうだった。あの日お葬式の時に君の為にも生きると誓った。身に着けているのは君にも私の見ている世界を一緒に見せてあげたかったから。

そして今日、また新たな絆が生まれた。

この日から毎年、広島、長崎の原爆投下時刻にテレビを付けて黙とうを捧げている。立てない体調ならひざまずいて。

どうか安らかに、もう怖い思いをしなくていい。私達が想いを引き継いでいく。

沢山の人がこの地に訪れて、たくさんの思いを生み出してほしい。

生きた証を忘れないであげて下さい。

人生の転換期に拾う花〜三度目〜

三度目に拾った花は…

白いバラ。

花言葉は

「深い尊敬」

私は死という恐怖に勝ち、眠りについていった勇敢な先人達を忘れない。私の友達もそうだ。そして今に続いている事に深く感謝します。

私にも訪れる最期の日まで。ずっと。

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